SSブログ

震災による傷を消すのは難しい

熊本地震から2年の月日が流れましたね。むしろ、まだ2年しか経過していない事に驚きました。東日本大震災が2011年。それから5年後に熊本地震が起きました。恥ずかしながら、ずっと東日本大震災と熊本地震は同じものだと誤解していました。



それぞれ別の地震だったんですね。若くして犠牲になられた方も大勢いらっしゃいます。誰も予測していませんでした。まさか自分が災害に巻き込まれるなんて、愛する人を失ってしまうなんて、誰も予測なんか出来ませんよね。



犠牲になった人の父親が告げた『悲しみは続く』という言葉。とても重く切ない言葉ですよね。わたしにも家族を亡くした経験があります。災害ではなく老衰ですが、15年経った今でも悲しみは消えません。年齢から言って覚悟はしていました。



それでも、心のどこかで納得していない部分もあります。準備をしていても後悔しているのですから、震災で残された身内や友人はどんなに苦しいのでしょうか。何の準備も出来ないまま、大切な人と別れるハメになってしまったのですから。



亡くなった人には会えません。わたしも亡くなった人に会いたい。そう思う事が何度もあります。でも、どんなに願っても二度と会えないんですよね。考えれば考えるほど胸が苦しくなります。せめて、最期の瞬間が安らかだった事を願います。



犠牲になった子は、まだ20代なんですよね。これから社会に出て、お給料を稼いで、好きな趣味を極めて、欲しい物を集めて、友達をつくって、恋愛をして。楽しい事が待っていたのに、たった一日で全てを奪われてしまいました。あまりにも呆気ないものです。残酷ですよね。



犠牲になった人達は、わたし達と何も変わりません。どこにでも居る普通の人達なんです。ごくごく平凡な人生を送っていただけなのに、ここまで悲劇的な結末を迎えてしまった。他人事だと思ってはいけません。いつ誰が犠牲になるのか、それは誰にもわかりませんから。



もしかしたら、明日は自分の番かも知れません。後悔しない為にも、他人に優しい自分で居続けたいですね。亡くなった人の分まで生きるのは難しくても、せめて恥ずかしくない生き方を選びたいです。願わくば、もう震災が起きない事を祈ります。



https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180415-00000072-jij-soci

スポンサーリンク


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。